日本眾議院釋出前議長河野洋平政治生涯口述史,專訪提河野談話(摘譯)

日本眾議院 27 號公開第 71 屆與第 72 屆眾議院議長河野洋平的口述記錄,作為日本眾議院事務局開展「正副議長經驗者口述歷史事業」(正副議長経験者に対するオーラル・ヒストリー事業)第一彈。

眾議院事務局決定記錄歷任正、副議長口述歷史時的 2019 年 5 月,河野洋平是日本憲政史上議長任職最長(2029天)的一位,也正好河野洋平還在世,河野洋平也爽快答應這項邀約,便由曾任河野洋平議長秘書的前眾議院事務次長紅谷弘志負責採訪河野洋平。

正副議長經驗者口述歷史事業(正副議長経験者に対するオーラル・ヒストリー事業)官網在此,目前只有整理出河野洋平的口述歷史。

河野洋平與河野談話

河野洋平是日本現任數位大臣河野太郎的父親,1992-1993 年間曾任內閣官房長官,發表「河野談話」。本次眾議院公開的口述歷史中,便有關於河野洋平回憶「河野談話」的段落(p112-114)。

河野談話全文

日文原文中文對譯(筆者譯)
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
平成5年8月4日
發表慰安婦關係調查結果的河野內閣官房長官談話
1993年8月4日
 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。 (日本)政府從兩年前的 12 月起便針對所謂的從軍慰安婦問題展開調查,現在要發表調查結果。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。 本次調查結果,確認曾長期且大範圍設置慰安所,並存在為數眾多的慰安婦。慰安所是當時在軍方的要求下設立的,舊日本軍直接或間接參與了慰安所的設置、管理與移送慰安婦。關於招募慰安婦,雖然主要是業者受到軍方委託,但有不少案例是利用哄騙、脅迫的方式,在違反當事人意願的情況下募集的,當中甚至也有官吏、警察直接參與的案例。此外,在慰安所的生活在受迫(強制)的狀況下相當淒慘。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島はわが国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。 被移送到戰地的慰安婦出身地,除了日本之外,朝鮮半島佔相當大的比重,但當時朝鮮半島是在我國的統治之下,招募、移送、管理(慰安婦)等,還有哄騙、強迫等(手段),總的來說都違反了當事人的意願。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多くの苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。 無論如何,本案是在當時軍方的參與下,深深傷害多數女性名譽與尊嚴的問題。(日本)政府藉由這次機會,不論(慰安婦)出身地,再次向所有因為成為所謂的從軍慰安婦,經歷眾多苦痛、身心背負難以療癒的傷痕的人們,反省並致上誠摯的歉意。此外,我國應該以什麼樣的形式表達這種心情,今後將聽取專家建議,認真討論此事。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。 我們不會迴避歷史真相,而是要作為歷史教訓正視(這段歷史)。我們將透過歷史研究與歷史教育,將這類型的問題銘記在心,並在此重申(我們)絕對不會再次犯下相同過錯的堅定決心。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。 關於這個問題,已經在我國提起訴訟,也受到國際上的關切,政府今後將包括民間的研究,充分關注這個問題。

河野洋平的歷任正副議長口述歷史專訪內容

河野洋平先在專訪中談到,「非核三原則」和「慰安婦」問題是他的政治生涯當中,影響最深、也是最有感觸的問題(p34)。而後再被問到「河野談話」的細節時,河野洋平先提到,日韓制定《日韓基本條約》時,就有些人注意到「慰安婦」的問題,雖然當時的環境無法討論此事,但事實並不會因此改變(p112)

河野洋平強調,河野談話的契機雖然是 1992 年時任日本首相的宮澤喜一造訪韓國調查韓籍「慰安婦」受害者的現狀,但河野談話並不是只針對韓國受害者發表的內容,菲律賓、台灣、印尼等國在太平洋戰爭中也因為日本軍的關係成為「慰安婦」的受害者,所以河野談話是針對這些人、以及他們所屬的國家發表的談話(p113)

河野洋平談「強制連行」

河野洋平接著主動談到「強制連行」的爭議。他先以荷蘭為例,當時殖民統治印尼的荷蘭人女性,確實遭到日本軍強行帶走成為「慰安婦」,這點是連荷蘭政府都證實的事情;雖然隨後關於這個問題的意見很分歧,但日本政府當時派人到韓國聽取「慰安婦」倖存者的意見時,宮澤喜一總理認為,時間已經過了 40 年以上,大家的記憶雖然有模糊地帶,但可以從自由心證上判斷這具有強制性,所以從這個角度來看,談話中說具有「強制性」並沒有問題,當時完全是在宮澤喜一已知的狀況下發表這段談話內容(p113)

河野洋平也提到,日本軍方是不可能留下將人強行帶走的官方記錄的,因為時任內務省事務官的奧野誠亮在終戰那天就下令燒掉或處理掉軍方資料(p113)

河野洋平談安倍晉三

河野洋平也主動提到,安倍晉三曾一度否認日本軍強徵(強制連行)「慰安婦」的事實,但安倍晉三一(後來)到美國就說事情同河野談話所說。河野洋平接著說道,河野談話微妙的點就在,這是內閣官房長官發表的談話,而不是內閣總理大臣說的,河野談話的內容雖然沒有經過閣議決定,但這是內閣官方長官召開官方記者會做出的正式發言,所以這是官房長官代表內閣的意見做出的談話內容,一切都是在宮澤喜一知道的狀況下做出的發言,如果內閣事前不知情的話問題更嚴重(p113)

河野洋平最後總結道,「慰安婦」問題因為韓國政權交替、徵用工問題變得更複雜,希望韓國新的政權可以改善、解決日韓關係(p114)

日本眾議院事務局製作的河野洋平口述歷史 完整電子檔由此去

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